花期者

日常って何 普通ってどんな感じ ここじゃない処へ

淡く染められて 

episode1 約100メートル

 

 

思えば、俺たちは最初からこうなる

運命だったのかもしれない。

 

 

 

 

そっち春休みいつからー?

もう休み入った

んじゃ、今日暇ー?

ひま

うち来ねー?

いくわ

うぃー

 

 

 

「お邪魔します。」

そういやこいつの家来るの久しぶりだな。

去年の夏ぶりか。

澄とは家が近くて、

小学校、中学校はほぼ毎日一緒に登下校していた。

でも、同じクラスになる事は少なく

学校ではほとんど関わりがなかった。

高校は違う学校に通った。

俺は人に執着しない性格で、

小学校、中学校、高校と

友達と呼ぶ人はめくるめく変わっていった。

澄ただ一人を除いて。

澄とだけは、高校で離れ、大学も違う

現在も尚、友達という関係を続けている。

 

「なあー、髪染めてくんね?」

「いいけど、なんでまた急に?」

「いやー、春休みの間だけこっちでバイトやろうと思ってよ。」

「あー、短期バイト?」

俺は地元の大学、こいつは東京の専門学校に通っている。

「そ。髪色今のだとアウトなんだわ。」

「そゆこと。染めるやつあんの?」

「カラー剤買ってこねーとねえんだわ。」

「買い行く?」

「おう。」

 

「東京はどんな感じ?」

「んー、普通。」

「普通って、お前、もう少しあるだろ。」

「いやー、ほんとに普通なんだわ。

ここと変わらねえ。そりゃもちろん?

派手な服着た姉ちゃんとか、

どデカいビルとか、

ここにはないもんもあるけどさ、

いくら外見が変わっても、

内側にあるもんはそう簡単には

変わんねえよ。」

幼い頃から一緒にいるのに、

こいつのことが時々分からなくなる。

澄は俺の問いかけに対して

求めてる以上のものを出してくる時がある。

それが、俺に助けを求めているのか、

それともただ素直に思ったことを言っているだけなのか、

俺には分からない。

「裕太は?どうなんだよ、大学。」

「俺はまあまあ楽しくやってるよ。」

「ふーん、それならよかったな。」

「おう。」

 

「じゃ、染めるぞ。」

「よろー。」

「お前の髪ってほっそいよな。」

「将来ハゲそうで嫌なんだよなー。お前の髪くれよ。」

「嫌だよ。」

「ケチくせーな。」

「染めにくいから前向いて。」

「へーい。」

カラー剤の泡が一本一本にまとわりついて、

やや暗めのブラウンに染めていく。

手袋と泡ごしにこいつの髪に触れながら、

何故か俺はいたたまれない気持ちになった。

まるでこいつを汚しているみたいな。

 

「あとは15分待って、洗い流すだけだな。」

「おー。ありがとー。」

勉強も運動も人間関係も

そこそこに上手くやれた俺は、

学校という場所で生活することに

それほど苦労しなかった。

比較的社交的でもあった俺は、

生徒会や委員会のトップを務めることもあった。

一方澄は、そういう面倒くさいことを嫌うタイプで、

人前に出ることをしたがらなかった。

勉強はできなかったが、

運動は得意で体育の成績だけはいつも負けてた。

なかなか人に心を開くことの無い澄だが、

表面上の付き合いってやつは上手くて、

なんだかんだ澄の周りにはいつも人がいた。

でも俺には澄が時々苦しんでいるように見えた。

笑って誰かと話しているその表情が、

誰かと似ている。

ああ、俺と似ているのか。

 

「きれいに染まったわー。」

「おー、いいじゃん。」

「これでバイトの面接受けれるわー。」

「いつ受けんの?」

「明日。」

「お前、俺が今日暇じゃなかったら

どうするつもりだったんだよ。」

「んー?そん時は自分で何とかするし、

お前は来るだろーなって思ったんだよ。」

「なんだそりゃ。お前俺の事盗聴でもしてんのか。」

「してねーよ!なんとなくそう思ったんだよ。」

「まあ、なんでもいいけど。

面接頑張れよ、頑張るほどでもないか。」

「おー、ほどほどに頑張るわ。」

 

「お前、次いつ暇?」

「俺は基本的バイトの日以外は暇だけど。」

「んじゃ、また暇な時会おうぜ。」

「おー、じゃまた連絡するわ。」

「ん、よろしく。じゃ、またな。」

「おう。お邪魔しました。」

 

 

澄の家から俺の家までの約100メートルの短い距離。

こんなに短い距離なのに、この距離さえもどかしい。

いっそのこと、もっと長くて遠ければいいのに。

そんなことを思いながら俺は

約100メートルの道のりをゆっくりと歩いた。